マクレガーのX理論、Y理論

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性悪説を基本とするX理論と、性善説を基本とするY理論

「アメとムチ」と「目標と責任」

ダクラス・マクレガーが提唱したモチベーションの抱き方の対照的な論理が「X理論」と「Y理論」です。

マクレガーは、「管理職であれば、人はどんなときに動くのか」と言う自分なりの仮説や前提を持っているはずたと考え、さまざまな職場で管理に携わっている管理職に「人はどんな時に頑張ると思うか、部下をどうやってモチベートしているか」を聞いて回りました。

その結果、同じ管理職をしていても全く違った2つの考え方が出てきてのです。

X理論

  • 平均的な人間は、仕事など生まれつき嫌いで、もしできることなら仕事など避けようとするであろう。
  • 仕事なんか嫌いだというこの人間の性ゆえに、たいていの人は強制されたり、統制されたり、命令されたり、脅されたりしないと、組織の目的を達成するのに十分な努力をしてくれない。
  • 平均的な人間は、命令されることを好み、責任を回避することを望み、大望など抱かず、ほかのなによりも安全を求めている。

Y理論

  • 仕事に体力・知力を使うのは、遊びや休みのときと同じくらい自然なことだ。平均的な人間は、生まれつき仕事が嫌いなわけではない。統制可能な条件しだいで、仕事は満足の源泉になるかもしれないし(その場合には、自発的になされるであろうし)、あるいは罰の源泉になるかもしれない(その場合には、できることならやりたくないであろう)。
  • 外的統制と罰の脅威は、組織の目標に向けて努力してもらうための唯一の手段ではない。人は自分が打ち込む(コミットする)目標が達成されるように、自己管理・自己統制ができるであろう。
  • 目標への打ち込むこと(コミットメント)は、目標を達成したときに得られる報酬の関数だ。このような報酬の中でもっとも意義が大きいのは、自我や自己実現の欲求が満足されることだ。それは組織の目標に向かって努力した直接の結果でありうる。
  • 平均的な人間は、適切な条件の下では責任を引き受けるのみならず、進んで責任を取ろうとする。責任の回避・大望の欠如・安定へのこだわりは、一般的には生まれつきの人間の性というよりも、経験の結果そうなってしまっているだけだ。
  • 組織における問題を解決していく際に、相対的にかなり高度の想像力・工夫の才・創造性を発揮する能力は、母集団のほんの一握りの人たちだけでなく広範に分布している。
  • 近代の産業における生活において、平均的人間のもつ知力の潜在的可能性は、ほんの一部分しか活用されていない。

現在の日本では低次の欲求は満たされており、Y理論が適切です

X理論では、マズローの欲求段階説の低次欲求(生理的欲求や安全の欲求)を多く持つ人の行動モデルで、命令や統制によって管理し、目標が達成出来なければ罰則を与えるなどの「アメとムチ」によるマネジメント手法です。

Y理論は、マズローの欲求段階説の高次の欲求(社会的欲求や自我の欲求、自己実現の欲求)を多く持つ人の行動モデルで、魅力ある目標と責任を与えることで「機会を与える」マネジメント手法です。

現在の日本では、低次の欲求を満たすために行動する人はほとんどおらず、高次の欲求を満たしたいと考えています。このような人達には、Y理論が適切で、やり甲斐の領域の目標を設定して、それを確実に達成することで、承認を受けることを繰り返すことで、常にモチベーションを維持することが出来ます。

人は、所属する企業や社会で役に立ちたいと思っていて、自分が出来る貢献はしたいと考えています。その貢献によって存在価値を認めてもらえることはモチベーションの維持にとても役立ちます。

もし、自分のホームページ更新のモチベーションが低下していると思ったら、会社の目標とは別に低下したモチベーションの状態の自分自身が頑張れば比較的短期間に達成可能な目標を設定して、何とか達成します。これを繰り返して、会社としての目標を段階を追って達成して行くようにします。自分が設定した目標を達成を繰り返すことは次第に自己承認を高めることになります。

自己承認が高い人は、誰も何も言わなくても自ら目標を設定して、達成して行く人です。

モチベーションの低下は自分の中でのみで起こっていることです ・勝敗の分からない試合をする人はいません ・人は1秒1秒確実に死に向かっています ・諦めなければ敗者ではありません ・ホームページ更新のモチベーションを維持する